Question
健康経営の一環として自転車通勤を導入しました。万が一、通勤災害が起こってしまった場合に必要な手続きがあれば教えてください。また、通勤災害に備えて対応しておくべきことはありますか。
Answer
通勤災害に限らず、労働者が労働災害により負傷した場合は、療養補償給付や休業補償給付などの労災保険給付を労働基準監督署へ請求します。労災保険給付は労働者または遺族が自ら請求することが原則であるものの、請求書の作成は煩雑かつ請求にあたっては会社による休業の証明の記載が求められるため、実際には会社が代わりに請求書を作成することが多いと考えられます。なお、休業が発生しない、または休業が4日未満の労働災害については、労災保険によってではなく、使用者が労働者に対して休業補償を行います。
また、自転車通勤の導入にあたっては安全基準の設定、事故時の連絡フローのマニュアル化、自転車損害賠償責任保険への加入などを事前に行うとともに、従業員への安全教育を実施しましょう。
<基本事項>
労働災害時の対応として特に重要なものを(1)(2)(3)にまとめました。
(1)療養補償
労働災害により負傷などした際には、休業の発生有無に係わらず療養補償給付を受けることができます。労災保険指定医療機関を受診した場合は、「療養補償給付たる療養の給付請求書」をその医療機関へ提出すれば、労働者が療養費を支払う必要はありません。労災保険指定医療機関でない医療機関を受診した場合は、一旦療養費を立て替える必要がありますが、その後「療養補償給付たる療養の費用請求書」を労働基準監督署へ提出すれば、その費用が支払われます。
(2)休業補償
労働災害により4日以上休業した場合は、「休業補償給付支給請求書」労働基準監督署へ提出すれば、労働者または遺族に対して休業補償給付が支給されます。
(3)労働者死傷病報告
休業や死亡者が発生した場合は、会社が「労働者死傷病報告」を労働基準監督署へ提出します。4日未満の休業の場合は四半期毎、4日以上の休業や死亡者が発生した場合は発生から遅滞なく(1か月以内を目安に)提出することが義務付けられています。遅滞の場合は「労災かくし」を疑われかねませんので、速やかに提出されるようご注意ください。
労働保険では他にも通院費、障害補償給付、遺族補償給付、葬祭料、傷病補償年金および介護補償給付などの保険給付を請求することができます。手続きの詳細は厚生労働省のHPをご参照ください。
厚生労働省「労働災害が発生したとき」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/zigyonushi/rousai/index.html (参照 2022-1-12)
企業で自転車通勤を導入する際には社内ルールの設定、自転車損害賠償責任保険への加入、および従業員への安全教育を実施されることをおすすめします。
安全の観点から社内で定めておくべき事項として、以下の内容が考えられます。
(1) 自転車通勤が可能な健康状態にある従業員に限り認める旨
(2) 自転車通勤として合理的な通勤経路や距離の場合に限り認める旨
(3) 自転車の安全基準(法律に則った装備や点検がされ、防犯登録がされていること)
(4) 通勤災害や自然災害発生時の安否連絡フロー
従業員が自転車事故の加害者となってしまった場合、基本的には民事上、刑事上および行政上の責任の全てを従業員本人が負うことになります。しかし、労働災害として認定された場合でも従業員の負傷等の補償はされるものの、対人・対物賠償責任に対する補償は適用されません。さらに、次の3つの要件をすべて満たし「使用者責任」が認められた場合は、企業が民事上の責任を負い、対人・対物の損害賠償を求められる可能性があります。
(1)従業員が不法行為責任を負う場合
(2)不法行為当時、使用者と被用者に使用関係がある場合
(3)事業の執行において第三者に損害を与えた場合
そのため、従業員と企業の双方が自転車損害賠償責任保険等へ加入しておくことが重要です。また、従業員が負傷した場合に労働災害として認められず健康保険が適用された場合は、医療費の一部は従業員の自己負担となります。この場合に備えて、従業員は民間の「傷害保険」にも加入することが望まれます。
なお、通勤災害に備えて最も重要なことは、従業員が交通ルールを遵守し、安全に気をつけて自転車通勤を行うことです。自転車通勤の条件として「安全教育・指導の受講」を義務化する、自転車通勤者には継続的に安全教育を実施する、といった施策もご検討ください。
<今回のケースについて>
健康経営への意識の高まりや、在宅勤務の普及によって通勤形態が多様化していることにより、自転車通勤のニーズは高まっているように思われます。一方で、自転車通勤は大きな事故につながる可能性もあり、場合によっては事故の当事者だけでなく、企業の使用者責任が問われることもあります。導入にあたっては、通勤災害発生への十分な備えが大切です。
※本記事の内容は、掲載日時点での法令・世間動向に則ったものであり、以後の法改正等によって最新の情報と合致しなくなる可能性がある旨ご了承ください。